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創作におけるアイデンティティ

  • 3月15日
  • 読了時間: 5分

赤ちゃんの頃に山や森に捨てられて狼に育てられたとかそういう設定、面白いよなあと思う。あるいは、両親の片方が妖怪で半妖とかそういうの。

幼い頃に大好きだった児童書や漫画がそういう設定のものが多く、大人になった今でも似たような設定の作品を見かけるとそわそわしてしまう。

でも考えてみると、自分で創作している時にはそうした特殊な生育環境だったとか、実は人外の血が混じっている、という設定を付与したキャラクターを作ったことはあまり無いかもしれない。

こんなに好きな設定なのにどうしてだろうと思った時、わたしにはそうした生まれの子供のアイデンティティが何になるのかを最後まで考える力が無いからなのだろうと考えた。


それこそ狼に育てられたという設定の子供なら、自分の姿が仲間と大きく異なっていることで仲間外れにされたりした経験があっておかしくない訳で、でも他の人間と隔絶された環境である以上彼ないし彼女を育てた狼も「コイツなんかおかしいな?」と思いながらも「生まれつきハゲてるだけか...」とか結論づけて育てているから人間であることに気づいていない訳で...?いやでも明らかに別の生き物だもんな。狼にしろ他の動物にしろ、相手が自分と同じ種族かそれとも獲物なのか天敵なのかなど他と自分は違うという認識はできる訳で。なんかこれ突き詰めて考えると「動物に果たして自意識というものがどれほど存在するのだろうか」という話になっていく気がする。明らかに特定のモノや生き物への好意の順序はあるし、ちゃんと用を足す場所を記憶していたりするし、だから何も無い訳では無い。ちゃんと記憶が積み重なっているということはわかる。でもその記憶の中の「昨日」と「今日」が区別されているかはわからないな...と思う。寿命が異なる動物たちの中では少なくとも人間とは違う時間経過の仕方をする訳で、だからいわゆる人間の言う「過去」や「未来」という時間の概念って人間特有のものだったりしないだろうか。動物の中にあるのは過去でも未来でもなく「現在」だけで、現在の連続を続けているだけ...だったりするのではないか。でもこの間ネットで「イカは夜に大好物が出ると分かるとお昼ご飯を残すことができる」って情報を見かけたし、なら時間経過の感覚自体は全ての動物の中にある訳で...でも彼らって学習はすれど過去を振り返った結果そうなっているのかはわからん訳で...???自分が何を言っているのかわからなくなってきた。阿保が無理に難しい話をしようとするからこうなる。


話を戻すと、仮に人間を見たことがない・知らない狼が人間の赤ちゃんを「おっ!コイツなんか毛がハゲてるけど俺らの仲間の赤ちゃんやん!育てたろ!」になって育てた結果、爆誕する狼少年ないし狼少女って既に思考するための「言語」も存在しないか狼の中でだけ通じる言葉に成り果ててる訳だから、いきなり人間に出会ってなんか根気強く教育を受けたところで「自分は狼じゃなくてニンゲンだったんだ!?」ってなるかな?という話がしたいのだ。昔実際そういう話があったと言うが、あれは結局壮大なヤラセだったとどっかで見た。記憶がうろ覚えすぎる。


でもどちらにせよ自分が人間である!とか自分が狼である!とか、そういうアイデンティティって結局のところ育ての親がただの狼だと成り立たない話になってこないか?親がなんか不思議なパワーで子の違いも何もかもを正確に把握した上で育てないとアイデンティティも何もなくなるのでは?あ、でも自認が人間のワンちゃんとかもいるのか...いやしかし人間が育てて人間が「あなたは実は人間ではなく激カワプリティーワンちゃんなのよ...!」とか言い聞かせたところで人間の言語を持たない=人と同じ思考回路を持たないワンちゃんには何もわからん訳である。多分周りのワンちゃんも「あたしら犬って種族なんだって!」なんてわざわざ言わないだろうし、というか犬っていう名前と定義も人間の生み出したモノだからそもそもワンちゃんはワンちゃんである自覚は無いのでは??逆もまた一緒で、狼が人間の子供を育てつつ「お前は実はニンゲンなんだよ...!!」とかそんなニュアンスのこと言ったところで子供からすると「なに言ってんだ親」になるだけではないだろうか。元が人間なら理解力があるはずってのは人間に期待しすぎなのでは。人間だってガチで人間の言葉というものに触れずに育ったら多分人間としての思考能力はほぼ無い生き物になると思う。

また何の話をしているのか分からなくなってきてるけど、要は確立された個性とかアイデンティティとかってやっぱり育て親の知性が人間寄りなのか動物寄りなのかで決まる気がするのだ。で、それが動物寄りに設定するのだとしたらそのキャラクターの描写ってマジでめちゃくちゃ大変になると思うのだ。動物の生態や行動理論や思考能力をある程度、読者を騙せる程度に詳しく無いといけない。それってすごく大変じゃないか...?少なくともわたしはそう。

完全ファンタジーにして、育て親が人間とほぼ同一の知性と人間以上の能力を持っているという設定にしてしまえば全ては解決ではある。でもそれはそれで親の設定はもちろん、そういう不思議な存在がいるということに対しての世界観設定とかも綿密にしていかないといけないわけで、やっぱりわたしには荷が重いのだ。何も考えずに「この子はこんな感じの子!!」で気軽に想像を膨らませていくなら、根幹の設定や初期の方向性はシンプルであることに限る。これはわたしのキャラクター創作における勝手な持論でしかないが。


すっかり話がいろんな方向に逸れてしまったが、わたしの願望として「特殊な環境で育った子、および人外の血が混ざっている子」にはできるだけ「自分が人間であること」や「自分がどちらに属す生き物なのか」というアイデンティティの揺らぎでたっぷり悩んで欲しいというものがあるのだ。だから長々とアイデンティティがどうのこうのと書き綴ってしまった。

他者の創作では深く考えずに心から楽しむことができるのに、自分で創作するとなんでそういうことばかり気になって気軽に作れなくなるのだろう。不思議だ。とりあえずもし自創作で例に挙げたような設定の子がいる人はぜひわたしに見せて欲しい。どんな子であっても、そしてどんなキャラ付け・世界観設定であっても、よだれ垂らしてキャッキャと喜びます。


2件のコメント


増上慢 パッセル
増上慢 パッセル
3月15日

特殊な生育というモチーフについて「その子がどのような世界のなかで、誰に認められ、どの名で自分を理解するのか」という創作上の重さを問うお話として興味深く読みました。

特に「『自分は人間だ』『自分は狼だ』というアイデンティティは、単に生物学的事実だけでは立ち上がらず、育てる側と育てられる側が共有している世界、言語、意味の枠組みに依存するのではないか」という点がアルフレート・シュッツ的な観点にかなり近く、文化人類学かも〜と思いました

そこで、もし気が向けば、例えばシュッツの遺作である『生活世界の構造』(ちくま学芸文庫)などを読まれると面白いかもです。

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とくめい
とくめい
3月15日
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コメント頂けて嬉しいです!ありがとうございます!

自分のこの思考が果たして何に値するのか、分からずに一人で悶々と考え込んでいたのでとても助かりました...生活世界の構造、読んでみたいです!

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